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記事公開:2024.9.25

なぜ杉を伐採しないのか?|花粉症のメカニズムと林業における対策を解説

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春の気配を感じる2月ごろから、ニュースでも花粉飛散量が話題に上るようになります。今や日本国民の4割程度がスギ花粉症に悩まされているとも言われている中、この季節をゆううつに感じている方も多いのではないでしょうか。

花粉症の発生を抑えるための対策は、林業の施業と密接に関係しています。今回は、花粉症の発生原因やそのメカニズム、現在の対策などについて解説します。

参考:森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁

花粉症の発生源を抑えるには「林業の振興」が重要

花粉症の発生源であるスギやヒノキの花粉を抑えるには、多様で健全な森林を取り戻すことが重要です。現在の日本では、スギやヒノキの森林の多くが生態系に沿わない単一樹種で構成されており、適切に伐採されないことによって、花粉が発生していると考えられているからです。健全な森林に戻すために必要なのは「林業の振興」です。花粉症対策の観点では、間伐や主伐など適切な森林管理で人工林における花粉の発生を抑える対策が必要となるでしょう。また、単一樹種が占める人工林を、広葉樹を含めた複層林へ転換していく施業が求められます。

花粉症のメカニズム

花粉症とは、体内に入ってきた花粉を取り除こうとする身体の働きによって生じるアレルギー反応です。目や鼻から入ってきた花粉が体内の免疫システムによって異物とみなされると、対抗するために「lgE抗体」と呼ばれる抗体が作られ、体内に蓄積します。蓄積量が一定レベルに達すると、それ以降体内では花粉の侵入に対してアレルギーを引き起こす化学物質が分泌され、花粉症になると考えられています。

参考:花粉症について|公益社団法人全日本病院協会

スギによる花粉症が増えている理由

スギが花粉を飛ばし始める年齢については諸説ありますが、花粉が多くなるのは樹齢20年以上の個体と言われています。現在、日本のスギの多くが戦後に植林されたものであり、樹齢20年以上の森林の増加が、花粉症が増えている要因の一つと考えられます。その他の要因として、昔と比べて現代人の粘膜の働きが弱くなっていることや、動物や植物との関わりが減りアレルギー物質に対する免疫が減っていることなども考えられています。

参考:森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁
なぜ? 花粉症の子どもは増えている! 現役小児科医が解説する「症状と予防」|講談社

スギの人工林が多い理由

スギの人工林が多い理由は、環境保護・経済発展のための対策と長期的な木材需要のミスマッチが招いた結果とも言えます。戦中・戦後の日本は、物資不足を解消するため、過剰な伐採を行いました。その結果、森林が荒廃し、台風や大雨などによる災害が頻発。さらに高度成長期には、薪炭材の需要減少と住宅建築用材の需要が増加しました。災害の防止や多くの需要に対応するため、成長が早く加工しやすい「スギ」が選ばれ、好んで植えられていったというわけです。

ただし、スギの主伐期を迎えた1970年代以降、国産木材の需要は減少傾向です。生活様式の変化により木材利用が減少したことに加え、安価で供給が安定した輸入材が使われるようになったことが主な理由です。

参考:森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁
参考:スギ・ヒノキ林に関するデータ|林野庁
参考:我が国の木材需給の動向|林野庁

花粉症の発生源に対するよくある2つの疑問

花粉症の原因が判明している中で、疑問に浮かぶのは次の2点です。

  • なぜ杉を切らないの?
  • なぜ選ばれたのが杉だったの?

ここからは、この2つの疑問に対して解説します。

なぜ杉を切らないの?

花粉の発生源となるスギ人工林を伐採することは花粉発生源への大きな柱ですが、実行には計画的な森林管理と長い時間が必要です。森林には木材生産だけでなく水害や山地崩壊を防ぐ役割もあるため、伐採後の適切な管理が重要であるためです。また、伐採を進めるには、伐採した木材の有効な利用方法を考える必要もあります。花粉症対策としてスギを伐採する際には、環境保全も考えた計画的な植林と木材の需要拡大を同時に図ることが必要でしょう。

参考:森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁

なぜ選ばれたのが杉だったの?

戦中・戦後の伐採増加と国土の荒廃、復興・経済成長期の木材需要の増加に伴い、拡大造林の要請が高まりました。その中で植林の樹種としてスギが選ばれた理由は次の3点があげられます。

  • 日本全国に広く分布する固有樹種であること
  • 比較的成長が早いこと
  • 木材にする際、軽くて柔らかく加工しやすいこと

現在、日本の森林の約4割が人工林で、そのうちの約7割がスギ・ヒノキ人工林です。

参考:森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁
スギ・ヒノキ林に関するデータ|林野庁

林業における花粉症発生源への対策

花粉症発生源への対策として、現在、次の3つの施策が重点的に行われています。

  • スギ人工林の伐採・利用と植替えの促進
  • 花粉の少ない苗木の開発・供給
  • 花粉飛散抑制技術の開発・実用化

それぞれを詳しく解説します。

スギ人工林の伐採・利用と植替えの促進

林野庁では花粉発生源への対策として「伐って、使って、植えて、育てる」という森林資源の循環利用を推進しています。また、木材利用を推進することによって、人工林の伐採増加につながります。さらに再植林時には花粉の発生が少ない多様な樹種を選ぶことでさらなる花粉症発生源対策につながるでしょう。

参考:森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁

花粉の少ない苗木の開発・供給

近年、花粉の出にくい品種の研究開発も進められています。地域別の自然条件や遺伝的な多様性に合わせて、成長具合や材質的な面で優れた性質を持つ品種の中から、花粉が少ないものを選抜し新たな品種が研究されています。将来的にはすべての苗木を対策品種に転換していく取り組みです。

参考:アレルギー疾患(花粉症)に対する森林・林業分野の取り組み|国立研究開発法人森林総合研究所

花粉飛散抑制技術の開発・実用化

花粉飛散への対策として、花粉の発生を抑える技術の開発も進められています。現在、雄花のみを枯らす「菌類」を利用した研究が進められており「いつどのように増えるのか」「花粉飛散抑制以外の害はないのか」など、菌の生態解明が急がれています。将来的に、花粉の発生を抑制する技術としての実用化を目指す、画期的な取り組みと言えるでしょう。

参考:アレルギー疾患(花粉症)に対する森林・林業分野の取り組み|国立研究開発法人森林総合研究所

花粉発生源対策への具体的取り組み

花粉発生源へのさまざまな対策が進められる中で、すでに実用化された技術や始まっている取り組みもあります。

ここからは、各地で行われている具体的な取り組みをご紹介します。

  • 花粉の少ない森づくり運動|東京都
  • 無花粉ヒノキ「丹沢 森のミライ」品種登録|神奈川県
  • 花粉の少ない苗木用種子の増産|静岡県

花粉の少ない森づくり運動|東京都

東京都では「花粉の少ない森づくり運動」を展開しています。

主な活動は下記2点です。

  • 「花粉の少ない森づくり」募金で市民・企業参加の花粉発生源対策を実施
  • 企業・団体等の寄付により行う「企業の森」を実施

具体的な活動は東京都が公益財団法人東京都農林水産振興財団を通じて行います。集められた募金・寄付金はスギやヒノキの伐採、花粉の少ない品種への植え替え費用などの森林整備に充てられます。森林整備を募金や寄付、企業や市民との連携で行う取り組みです。

参考:「花粉の少ない森づくり運動」|東京都農林水産振興財団

無花粉ヒノキ「丹沢 森のミライ」品種登録|神奈川県

神奈川県厚木市にある自然環境保全センターが平成24年春に発見したのが「丹沢 森のミライ」と名づけられた無花粉のヒノキの品種です。発根率が高く根が出やすいため、挿し木での生産が容易で実用化しやすい点も大きな特徴と言えるでしょう。「丹沢 森のミライ」は令和3年(2021年)度から出荷が開始されました。神奈川県では2027年度までに花粉の少ない苗木の年間生産目標15万本のうち1割を無花粉苗木にすることを目指しています。

参考:「丹沢 森のミライ」を知っていますか?|かながわ木づかい推進協議会
無花粉ヒノキ「丹沢 森のミライ」|神奈川県

花粉の少ない苗木用種子の増産|静岡県

静岡県では、低コストでの伐採と再造林の促進をめざしています。そのために進められているのが、花粉が少なく成長・形質に優れた「エリートツリー苗木」への切り替えです。花粉が少ない苗木の研究開発は各地で行われていますが、静岡県では閉鎖型採取園を整備しエリートツリー種子の生産体制を構築しました。閉鎖型採取園とは、ビニールハウスを用いた栽培施設のことです。外来花粉の侵入を防ぎ、人工交配による効率的な受粉が可能となっています。静岡県では種子生産と苗木流通の現場において、全量をエリートツリーに切り替える予定にしています。

参考:閉鎖型採種園におけるスギ・ヒノキ花粉の少ない苗木用種子の増産|静岡県

花粉症発生源における解決と見通し

自治体や事業者などの各森林管理者は、スギ・ヒノキ人工林の再造林時に、花粉の少ない苗木への切り替えや広葉樹を含めた多様な樹種の植林などの対策を進めています。とはいえ、今のペースで切り替えが進んでも、今あるすべての苗木が切り替わるまでには長い年月が必要となる見通しです。そんな中、2023年5月に開かれた関係閣僚会議において、花粉症対策として下記4つの項目が決定しました。

  • スギ人工林の伐採面積を広げ、10年後にはスギの人工林の約2割減を目指す
  • 住宅へのスギ材利用など、伐採したスギ材の活用を進める
  • 10年後にはスギの苗木生産の9割以上を花粉の少ない品種にする
  • 薬剤の改良や散布技術の開発により、5年後には花粉飛散対策を実用化する

花粉発生源への対策のさらなる拡充に期待が寄せられています。

参考:花粉症対策と森林資源維持の両立のために|独立行政法人経済産業研究所
森林・林業とスギ・ヒノキ花粉に関するQ&A|林野庁

まとめ

花粉症対策は林業の振興と密接に関連しています。健全な森林管理に向けて、広葉樹を含む多様な森林への転換をはじめ、花粉の少ない苗木への切り替えや伐採・木材利用の促進など、さまざまな対策が実施されています。さらに、2023年に決定された政府の新たな方針により、花粉発生源に対する取り組みがより一層強化されることでしょう。また、花粉症対策には長期的な視点で森林資源の循環利用を進めながら、花粉飛散を抑制する技術開発も併せて行うことが必要です。

健全な森林づくりの実現と花粉症発生源対策の両立が求められています。

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