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近年、地球環境保全に対する対策の一つとして、木造の建築物が見直されています。中でも、子どもたちの成長や地域の象徴的な存在として「木造校舎」の利用が注目されています。本記事ではさまざまな特徴をもち、多面的な効果が期待できる「木造校舎」について解説します。子どもたちに与える効果だけでなく、環境面・文化面での効果、現在の課題についても考えていきます。
目次
戦後、学校校舎は安全上の観点から鉄筋コンクリートで造られることが増加しました。しかし、学校施設は児童・生徒の学習の場であると同時に「生活の場」でもあります。昭和50年代後半からは、子どもたちの安心感やゆとりのある生活などを狙いとして、学校施設の内装に木材を活用する例が見られるようになりました。また、地域材を利用して建築することで、地域の林業の活性化にも一役買うことになるでしょう。
木造校舎の最大の効果は、子どもたちに与える影響です。ここからは、効果について次の側面から解説します。
木造校舎の温もりある空間は、子どもたちの心に安らぎを与え、ストレスを軽減すると言われています。日本木材学会が行った研究によると、内装が木材でできている校舎に心地よさを感じる子どもが多く、授業中の集中力も高いという結果が出ています。さらに木材の柔らかさは衝撃を吸収するだけでなく、湿気で床が滑ることがない点から、安全性にも貢献していると言えるでしょう。また、児童へのイメージ調査では、教室面積や空間配置に大きな違いがなくても、内装を木質化した教室のほうが広く感じるという結果が出ています。教室を広々と心地よく感じられることは、子どもたちの情緒の安定にもつながるでしょう。
木造の校舎には室内の湿度が快適な範囲に保たれる働きがあり、子どもたちの健康面に対して大きな効果をもたらします。空中に浮遊している菌は、50%程度の湿度で繁殖が抑制されると言われています。木材の調質作用により室内が一定の湿度に保たれることで、風邪のリスクを低減できるのです。実際に木造校舎を採用している学校はインフルエンザによる学級閉鎖率が低く、ウイルスのまん延が抑制される傾向があるという結果も出ています。また、木材はコンクリートと比較して熱容量や熱拡散率が小さいという特徴があります。床や壁が温まりやすく、足元が冷えにくいため、眠気やだるさが軽減されるのも木造校舎の効果と言えるでしょう。
木造校舎は、地球環境や地域文化を学ぶのに適した教材となります。木材が使われた環境に身を置くことによって木や森林の意義や環境保護の重要性を身近に感じられるでしょう。また、木造の学校施設そのものが、木工の技術や木の特性を知るのにも良い材料となります。
木材を使用して公共建築物を造ることは、地球環境、地域経済に大きな影響を与えることにつながります。木造校舎が地球環境保全に与える効果は主に下記4点です。
木造校舎は、地球温暖化防止に大きく貢献します。木は成長過程で二酸化炭素を吸収し、固定する性質を持っており、木材として加工されても失われることはありません。木造建築は長期間にわたって炭素を固定し、大気中の二酸化炭素濃度増加を抑制する効果が期待できるでしょう。また、木材はコンクリートや鉄鋼など他の素材と比較して、生産時の二酸化炭素放出量が少ない省エネ素材です。そのため、生産から解体・廃棄までのライフサイクルを通じて、地球温暖化の要因である二酸化炭素の放出量を軽減する効果が期待できます。
参考:こうやって作る木の学校|文部科学省・農林水産省
参考:建設時における木造住宅の二酸化炭素排出量 |ウッドマイルズ研究ノート
木材の需要が増加すれば「植えて、育てて、収穫する」という森林のサイクルの循環につながります。森林所有者が安定的な供給を行うため、積極的な森林整備の意識が高まるためです。また、国内の森林資源の多くが現在、伐採に適した樹齢となる「主伐期」を迎えており、さらに積極的な木材の利用促進が求められています。
地元産の木材を利用することで、地域の林業従事者の収入増加になります。地域産木材を積極的に活用することは、地域経済の活性化に繋がるでしょう。近年、輸送距離と輸送量を掛け合わせて、数値として見えるように換算する「ウッドマイレージ」という指標が注目を集めています。ウッドマイレージが大きければ大きいほど環境負荷も大きいと評価されるため、その削減が求められているのです。地域材を活用すれば輸送距離が少なくなるため、環境負荷を軽減できます。
木造校舎は、木材の特性や木材利用による経済的効果だけでなく、地域や文化的な面との調和も生み出します。ここからは、木造校舎が与える下記2つの地域への影響について解説します。
木造校舎の建設は、地域における「木造建築技術の継承」に大きく貢献します。地域の職人の技術を生かした建築方法で木造校舎を造ることによって、ベテランの職人から若い職人へ技術継承の場になります。また、地域材を生かした新しい技術との融合によって、地元の林業や木材加工業などの関連産業の活性化にもつながるでしょう。
古くから使われている木造校舎は、周囲の景観とあわせて文化財的な価値があることも多いため、周辺の景観に溶け込む地域の象徴的存在にもなります。地域の大人たちが子供のころに通った校舎を、整備しながら現役で利用することによって、世代を超えた交流の中心的存在となるでしょう。木造校舎は、地域のコミュニティの中心となる建築物であると同時に、地域の景観形成に重要な役割を果たします。
戦後、日本の学校建築は、火災対策や耐震性の観点から、鉄筋コンクリート造が主流となったものの、木材の優れた特性が見直され、近年木造校舎が再び注目されています。ただその一方で、これまで建てられた木造校舎の「耐震化」は重要な課題です。古い木造校舎は、現在の耐震基準を満たしていないケースが多く、地震発生時の安全性確保ができないためです。また、耐震化工事には多額の費用がかかるため、予算の確保が困難な自治体も多いのも課題です。歴史的価値の高い木造校舎については、耐震改修と歴史的保存との両立が求められるケースも多く、解決しなければならない課題は多い状態です。
現在も木造校舎を利用している事例は、全国に数多くあります。中には古くに建てられ今なお現役で使われているものや、廃校になって新たな役割で活用されているものもあります。ここからは、木造校舎の活用事例として現役・新築・廃校の各事例を合わせて6つ、ご紹介します。
愛媛県にある「伊予市立翠小学校」は、明治7年に開校した歴史ある学校です。現在の校舎は昭和7年に建築された愛媛県内最古の現役木造校舎で、木造校舎ならではのレトロな外観が特徴です。「伊予市立翠小学校」は平成18年、子どもたちからの「暑い・寒い・暗い・臭い・危ない・まぶしい」を解決してほしいという願いをもとに大改修が行われました。この大改修は環境省指定「学校エコ改修と環境教育事業」を受けて行われ、全国初のモデル校として採択されました。窓ガラスに採用された「二重サッシ」や太陽の熱を遮る「Low-Eガラス」など、先進的な機能も特徴です。
参考:レトロでかわいい県内最古の現役木造校舎|伊予市
参考:未来につなごう 光と風と香りのエコな翠小学校を|伊予市立翠小学校
栃木県にあり、木造2階建てで延べ約4,590㎡の広さを持つ「鹿沼市立北小学校」は、国内最大級の木造校舎です。児童用の玄関の天井は「格縁」と呼ばれる角材を格子に組んで、裏に板を張った「格天井(ごうてんじょう)」という造りになっています。寺院や書院造りでよく見られます。一方で、玄関前の吹き抜けには外国産材が使われており、和洋混合の造りであることも特徴と言えるでしょう。2022年に約13億円をかけた耐震補強工事が終わり、開校当初の姿を残したまま、末永く使い続けられる木造校舎に生まれ変わっています。
参考:北小学校の整備について|鹿沼市
参考:国内最大級の「現役」木造校舎耐震補強、リニューアル終えて見学会|朝日新聞
千葉県の「流山市立おおぐろの森小学校」は、大規模木造建築の新たな可能性を示す県産LVLを使用した地上3階・地下1階の木造校舎です。LVLとは「単板積層材」と言い、木材をスライスして製造された単板を接着して造った木質材料です。校舎棟の木造部分を、耐火構造であるコンクリート造の接続棟で挟むように建てられ、柱には千葉県産スギ、梁には国産カラマツの構造用LVLが使われています。構造用LVLで構成するパネルは、床や天井にも用いられ、木造の温かみを活かした柔らかな空間を生み出しています。地域産材の利用による地域経済への貢献も期待されています。
参考:流山市立おおぐろの森小学校|株式会社日本設計
LVLとは|一般社団法人全国LVL協会
38クラス見込む大規模新設校の木造3階建て校舎を千葉県産LVLで計画|日経XTECH
神奈川県にある松田町立松田小学校は「木の学校づくり先導事業」の支援を受けた、公立小学校としては全国3例目となる大規模木造校舎です。「木の学校づくり先導事業」は平成27年度から文部科学省が推進する事業で、全国的な木材利用を推進するために大規模木造校舎の整備に対して必要な支援を行っています。松田小学校の教室には廊下との間に壁がなく、すべて引き戸になっていて柔軟に空間を仕切ることが可能です。教室をつなげて実現する広々とした空間では、いくつかのクラスが一緒になったり、習熟度別の班に分かれたりなど、形を変えてさまざまな運用ができるよう工夫されています。
参考:木造3階建て小学校「松田町立松田小学校」の校舎が完成しました|株式会社類設計室
参考:木の学校づくり先導事業|文部科学省
廃校となった木造校舎を改修せず、そのままの状態で活用しているのが、NPO法人である「森の学校」です。自然の中で遊びながら学ぶ体験の中から生きる喜びや知恵、力を育むことを目的として、キャンプを通じた自然体験、野外体験、農林漁業体験ができる学校となっています。初代校舎は群馬県南牧村にある、昭和30年に建てられた洋風木造建築の旧尾沢中学校です。その後、栃木県鹿沼市にある旧粟野第三小学校、栃木県那須郡にある旧健武小学校など、いずれも廃校になった木造校舎を活用しています。
参考:校舎|NPO法人森の学校
長野県飯田市にある旧木沢小学校は、廃校となった木造校舎を地域住民の手で改修し、地域の交流拠点として再生させた事例です。飯田市には秋葉街道の要所に位置する宿場町で「遠山郷」という場所があります。旧木沢小学校は、遠山郷の木沢地区の中心的存在として、昭和7年に建築されました。シンボル的存在であった木造校舎は平成12年に廃校となった後、地元住民の手で保存され、資料館やイベントスペースに活用されています。地域住民の思いが詰まった空間は、地域の活性化に貢献しています。
木造校舎は、木材の持つ温かみが子どもたちの精神面の安定をもたらすことに加え、健康面や学習面でも良い影響をもたらします。さらに、木材の持つ炭素固定力によって地球温暖化防止に貢献できるほか、木材利用の推進による森林資源の循環利用にも寄与するでしょう。また、地域材を使った建築は、地域の活性化や文化や技術の継承にも重要な役割を果たします。地域を象徴するシンボルにもなる木造校舎に、ますます目が離せません。
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