業界レポート

記事公開:2025.5.1

日本の専門家が森林管理に望むこと―特定の森林の機能だけでなく、多様な機能を重視した政策を―

eTREE編集室

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日本は国土の約7割を森林が覆っており、森林の持つ多様な機能が、私たちの生活の基盤として大きな役割を果たしています。特に近年は、気候変動への懸念から、二酸化炭素の吸収源としての機能が注目を集めています。しかし、森林の持つ機能は、二酸化炭素の吸収にとどまらず、土砂災害の防止や、安定した水資源の供給、様々な生き物の生息環境としての機能、さらには人間の健康や教育・文化への貢献など、様々な多面的な機能を備えています。

こうした中、東京大学と九州大学の研究グループが発表した研究論文に関するプレスリリースを、この度、eTREEにて公開する運びとなりました。当該論文は、森林の持つ多様な機能に対し、森林に関係する立場の人々が抱いている要望や期待を調査したものであり、一般市民に対して行っていた従来の意向調査で拾えていなかった意見として、これからの森林に関する政策に重要な役割を果たすと考えられます。

本記事は、当該論文のプレスリリースを転載掲載することで、この重要な研究成果を広く皆様にお伝えすることを目的としています。

はじめに:森林管理における研究・実務・政策間の連携に向けて

森林が持つ多面的機能の恩恵が国民に広く行き渡る適切な森林管理を推進するために、2024年に森林環境税が導入されました(私たち一人ひとりが 1000 円/年を支払う制度です)。

このような新たな政策は、政策決定者、実務者、研究者などの様々な立場で森林に関わるステークホルダーの意見をどれぐらい反映しているのでしょうか。

日本では、1976年から国民が森林に期待する役割を調査しています。この調査では、土砂崩れや洪水などの災害を防止する機能と、二酸化炭素の吸収を通じて地球温暖化を緩和する機能に対する期待が高いことがわかっています。その一方で、森林に関する政策・実務・ 研究を実際に担うステークホルダーに着目した調査研究はこれまで実施されてきませんでした。 

適切な森林管理を実施するためには、科学的知見を提供する「研究者」、科学的知見を現場に応用する「実務者」、そして、科学的知見に基づいた政策を立案・運営する「政策決定者」の三者が足並みを揃えて活動することが望ましいです。

しかしながら、研究成果は必ずしも実社会で活用されておらず(いわゆる「研究と実践の隔たり」問題)、この三者の間でどれほど考えが一致するのかはわかっていません。

そこで本研究では、森林の多面的機能に対するステークホルダーの認識の違いを明らかにし、 日本独自の森林環境税という仕組みや森林管理に関する世界動向を踏まえ、ステークホルダーの意向を反映した政策提言を行うことを目的としました。

ステークホルダーで期待が一致した森林の多面的機能とは?

本研究では、研究者・実務者・政策決定者として森林管理に携わる方(948名、図1)を対象にWebアンケートを行いました。

各回答者の方に、森林が持つ主要な機能である「木材生産」(注1)、「水土保全」(注2)、「地球温暖化緩和」(注3)、「野生動植物保全」(注4)、「健康/教育/文化」(注5)に対して、重要だと思う順に順位付けをしていただきました。

図1:回答者の立場ごとの森林の多面的機能との関わり

色の違いは各機能を示しており、例えば科学の立場にいるステークホルダーは、野生動植物保全に関わる関係者が多いことが分かります。複数の立場で複数の森林の機能に関わっていることを想定し、重複回答を許しています。この結果から、各立場で様々な森林の機能に関わる回答者から調査結果を得られたことがわかります。本研究では、政策の立場を政策の検討・立案や決定に関わっている、実務の立場を現場で(施業や保護・管理、情報発信等の何らかの)活動をしている、科学の立場を大学、研究機関や民間企業等で研究をしている、と定義しました。


その結果、回答者の立場によらず、水土保全機能がもっとも重要だとする回答が圧倒的に多いことがわかりました(図2左上)。全体の順位を見ると、水土保全、野生動植物保全、木材生産、地球温暖化緩和、健康/教育/文化の順に重視されていることもわかりました(木材生産と地球温暖化緩和はほぼ同順位)(図2左下)。

図 2:回答者に順位付けされた森林が持つ5つの機能

1位(もっとも重要)から5位(比較的重要度が低い)までで、各機能の順位を直感的に判断していただきました。色の違いは各機能を示しています。右上のグラフからは、多くの回答者が水土保全をもっとも重要な機能として選んだことがわかります。右下のグラフからは、約500人の回答者が水土保全をもっとも重要な機能として選び、2位、3位に水土保全を選ぶ回答者も多いことがわかります。


この水土保全機能を重視する傾向は、水土保全に関する専門性を有していない回答者の間でも見られ、その重要性の高さがうかがえます(図3)。

図 3:回答者の各機能に対する専門性の有無と優先順位との関係

色の違いは各機能を1位(もっとも重要)から5位(比較的重要度が低い)までの何番目に重要だと回答したかを示しています。専門家と非専門家で認識があっている場合、左右で同じようなグラデーションになり、異なる場合は左右のグラデーションにズレが生じることになります。

森林の多面的機能に配慮した政策の重要性

森林の育成には長い時間がかかるため、森林管理では長期的な視野が不可欠です。

これまでの国民アンケートや本成果では、近年は水土保全が重要だと認識されていることが示されてきました。これは、急峻な地形の日本では土砂崩れや洪水が多く、災害防止への関心が高いことを反映していると考えられます。

その一方で、その他の機能を軽視して良いわけではありません。とくに、長期的に取り組むべき地球温暖化や生物多様性の損失などの課題解決に向けては、単一の機能に偏った政策を短期的に行うのではなく、森林の多面的機能に配慮した政策を行う必要があると考えられます。

このように、森林が多面的な機能を持つことを理解し、尊重した上で、森林を自然資本として多角的に価値付けしていく必要があります。

用語解説

(注1)木材生産
本研究では、木材の生産過程に関する技術やその他の多面的機能との調和を取り上げました。

(注2)水土保全
本研究では、森林がもつ水源涵養機能や土壌保全機能を取り上げました。

(注3)地球温暖化緩和
本研究では、森林による気候調整や木材による素材・燃料の代替を通じた温暖化緩和を取り上げました。

(注4)野生動植物保全
本研究では、野生動植物の生息場所としての機能やそれに対する人間の介入を取り上げました。

(注5)健康/教育/文化
本研究では、森林が提供する人々の健康や教育、文化に関する様々な便益を取り上げました。

転載元

東京大学 先端科学技術研究センター:https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20250306.html

九州大学:https://www.kyushu-u.ac.jp/f/60872/25_0306_01.pdf

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 先端科学技術研究センター 生物多様性・生態系サービス分野
教授 森 章(もり あきら)
E-mail:akkym@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

(報道に関する問い合わせ)
東京大学 先端科学技術研究センター 広報広聴・情報支援室
Tel:03-5452-5424 E-mail:press@rcast.u-tokyo.ac.jp
九州大学 広報課
Tel:092-802-2130 E-mail:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

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