アップフロントカーボンとは?森林・木材分野で知っておきたいカーボン評価の基礎

eTREE編集室

脱炭素社会の実現に向け、「アップフロントカーボン」への注目が高まっています。

これは、建築物や製品の製造・建設段階で排出される炭素量を示す指標です。

森林・木材分野においても、この考え方は無関係ではありません。

今後の制度や市場の変化に備えるためにも、基礎知識の整理が欠かせないと言えるでしょう。

アップフロントカーボンとは「建築物や製品の製造・建設段階で最初に排出される炭素量」

アップフロントカーボンとは、建築物や製品の製造・建設時に排出される二酸化炭素(CO₂)などの温室効果ガスの総量を指します。

主に資材の生産や建設プロセスで発生する排出が該当し、近年のカーボン評価において重視されるようになりました。

運用段階での排出(オペレーショナルカーボン)とあわせて把握することで、建物や製品の環境負荷をより正確に評価できます。

森林・木材業界にとっても、初期排出量の低い資材を選ぶことが、脱炭素への貢献として注目されています。

アップフロントカーボンの関連用語

アップフロントカーボンは、 建築物や製造・建設時の初期に排出される温室効果ガスを指していますが、関連用語も理解しておきましょう。

  • エンボディドカーボン
  • ホールライフカーボン

それぞれ解説します。

エンボディドカーボン

エンボディドカーボンは、アップフロントカーボンに加えて、建物の運用時以外の改修や解体、廃棄する際に排出されるCO₂を含めたものを指します。

アップフロントカーボンはこの一部にあたり、エンボディドカーボンはそれを含んだより包括的な概念といえます。

特に木材は、使用中に炭素を貯蔵し続ける素材であるため、ライフサイクル全体での評価によって環境貢献が定量的に示される可能性があります。

建築や設計において重要な視点となるでしょう。

参考:【有識者に聞く】ZEBをはじめとする省エネ建築物の必要性とそのメリット – トピックス – 脱炭素ポータル|環境省

ホールライフカーボン(ライフサイクルカーボン)

ホールライフカーボン(ライフサイクルカーボン)とは、製品や建築物の生産・使用・廃棄に至るすべての段階で排出される炭素の総量を指す概念です。

資材の製造から運用、メンテナンス、最終的な廃棄処分に至るまで、時間軸に沿って全体を網羅する評価が求められます。

この考え方では、初期のアップフロントカーボンと運用中に発生するオペレーショナルカーボンの双方が含まれます。

さらに、製品の寿命延長や再利用、リサイクルによる排出削減も評価の対象になります。

持続可能な設計や循環型資源利用を進めるうえで、欠かせない基準となるでしょう。

森林・木材利用とアップフロントカーボンの関係性

森林・木材は、アップフロントカーボンの削減に貢献できる素材として注目されています。

アップフロントカーボンとの関係性を次の観点から解説します。

  • 木材は炭素を固定する素材である
  • 加工・輸送にともなう排出に関わる
  • 森林経営における収益性向上につながる

木材は炭素を固定する素材である

木材は、成長過程で大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素として体内に蓄える性質があります。

蓄えられた炭素は伐採後も木材として使用される間、固定されたままとなります。

そのため、木材を建築資材として利用することは、大気中のCO₂を長期間隔離する手段として有効です。

さらに、再造林や適切な森林管理と組み合わせることで、炭素固定のサイクルを維持できます。
地域材や長寿命建築との併用は、アップフロントカーボンの低減にも寄与するでしょう。

加工・輸送にともなう排出に関わる

木材は炭素を固定する一方で、伐採後の加工や輸送においてはCO₂が排出されます。

特に、長距離輸送やエネルギーを多く使う加工工程が多い場合、温室効果ガスが増加する要因となります。
そのため、輸送距離の短縮や、地域内での一貫供給体制の構築が重要です。

地産地消型の木材利用や、省エネルギーな加工方法の採用が、環境負荷の低減に効果を発揮します。
トータルでの排出量を意識した設計と流通が求められるでしょう。

森林経営における収益性向上につながる

アップフロントカーボンの削減に向けた木材利用は、森林経営の収益性向上にも直結します。
間伐や再造林によって森林の炭素固定能力を高めることで、長期的な資源の安定供給が可能になるのです。

さらに、持続可能な林業と一体化した木材流通の仕組みを整えることで、環境価値を付加した製品として市場での競争力が高まります。

脱炭素への貢献と同時に、経済性を両立する循環型の森林経営が今後ますます求められていくでしょう。

参考: 森林資源の循環利用を担う木材産業 | 林野庁

アップフロントカーボン義務化の動きと森林業界への影響

アップフロントカーボンの評価は、欧州を中心に制度としての整備が進んでおり、日本国内でも将来的な義務化が視野に入っています。

この流れは、建築業界だけでなく、木材供給を担う森林関係者にも直接的な影響を与えるでしょう。
早期の情報収集と実務対応が、今後の事業継続に不可欠です。

国内外での規制の動向や政策、森林関係者に求められる対応をそれぞれ解説します。

  • 日本国内の政策・制度
  • 森林関係者に求められる対応
  • 海外での規制動向

日本国内の政策・制度

日本においても、国土交通省を中心にカーボンニュートラル建築の推進が進められており、アップフロントカーボンの評価制度導入が議論されています。

将来的には、補助金申請における要件となる可能性もあります。

また、経済産業省や林野庁も連携し、木材産業のカーボンデータ整備や評価手法の標準化に取り組んでいます。
森林・林業関係者にとっても、自社の取り組みを数値で示す準備が急がれる状況です。

参考:建築物のライフサイクルカーボン削減に向けた施策の動向|環境省

海外での規制動向

アップフロントカーボンの削減に向けて、欧米諸国では規制の強化が進んでいます。

特にEUでは、建築物のライフサイクル全体での炭素排出を評価・報告する仕組みが導入されつつあり、業界全体に影響を与えています。

デンマークではエンボディドカーボンの算定義務化に加え、既存建築物の用途転用による炭素削減も一般化しました。

アメリカでも、CLT活用や資材最適化によって大幅な排出削減を実現しており、各国の取り組みは今後の国際基準に直結する可能性があります。

森林関係者に求められる対応

アップフロントカーボン評価の制度化に備え、森林関係者にも具体的な対応が求められています。

たとえば、木材のトレーサビリティ確保や、産地・加工工程の情報開示は基本です。これにより、サプライチェーン全体での透明性が高まります。

さらに、ライフサイクルアセスメント(LCA)の基礎知識やデータの扱い方を学ぶことで、他産業との連携もしやすくなるでしょう。

持続可能な林業の実践と、情報発信力の両立が重要な鍵となります。

参考: 令和5年度 CLT・LVL等の建築物への利用環境整備 (木質建築資材の利用拡大の環境整備 )| 林野庁

森林・木材分野で取り組むべきアップフロントカーボン低減策

アップフロントカーボンの低減には、設計・調達・施工・管理の各段階で工夫が求められます。

  • 低炭素設計と木材利用
  • 輸送・流通の見直し
  • 森林経営と再造林の推進

ここでは低減するための策を解説します。

低炭素設計と木材利用

アップフロントカーボンを抑えるうえで、初期排出量の少ない国産材の活用は極めて有効です。

鉄やコンクリートと比較して製造時のエネルギー消費が少なく、炭素の固定機能もある木材は、設計段階から積極的に採用すべき素材といえます。

また、再利用可能な設計にすることで、解体時の環境負荷も軽減できます。

木造の大規模な建築においても、構造体として木材を活かす提案が実務的な選択肢として広がっているのです。

参考:令和 4 年度 CLT・LVL等の建築物への利用環境整備 ①木質建築資材の利用拡大の環境整備 | 林野庁
参考:木材産業の現状 | 林野庁

輸送・流通の見直し

木材のアップフロントカーボンを抑制するためには、輸送や流通の仕組みにも目を向ける必要があります。

特に、長距離輸送によるCO₂排出は見過ごせない要因であり、地域内で完結する供給体制の構築が重要です。

供給体制の構築には、林業・製材・流通業者の連携を強化し、地産地消の物流ネットワークを整備することが求められます。

ウッドマイレージの考え方を活用することで、輸送に伴う炭素排出の可視化と最適化が可能になるでしょう。

森林経営と再造林の推進

持続可能な森林経営は、アップフロントカーボン削減や炭素ストックに直結します。炭素ストックとは、大気中の二酸化炭素を、森林や木材製品などの形で固定・貯蔵することです。

伐採後の再造林を計画的に行うことで、森林が再び成長し、大気中のCO₂を継続的に吸収できる状態を保てます。

こうした循環的な資源管理は林業の長期的な収益確保にもつながります。

環境保全と経済性を両立させる視点で、森林の更新サイクルを適切に設計することは今後ますます重要になるでしょう。

参考:炭素のストック機能を発揮する木材 | 木をもっと知る | 山形県木材産業協同組合
参考:建築物への木材利用に係る評価ガイダンス|林野庁

国内企業の取り組み事例

アップフロントカーボンの低減に向けて、国内企業も積極的に動き始めています。
資材の再利用や排出量の見える化など、独自の工夫で環境負荷の削減を進めており、今後の参考となる事例が増えつつあります。

  • 解体現場で発生する鉄スクラップの循環利用|株式会社大林組
  • 建築物新築時CO2排出量予測システムの開発|大成建設株式会社

各事例を解説します。

解体現場で発生する鉄スクラップの循環利用|株式会社大林組

株式会社大林組では、自社の解体現場で発生した鉄スクラップ約1,000tを他の建設現場で再利用する取り組みを実施しています。
これにより、新たな資材製造に伴うアップフロントカーボンの削減が可能となりました。

資源の循環利用を進めながら、現場間での連携体制も強化しています。

参考:建設現場で発生する鉄スクラップの水平リサイクルフローを構築し、アップフロントカーボン削減を推進 | ニュース | 株式会社大林組

国内最大規模の木造オフィスビル建築|野村不動産ソリューションズ株式会社

野村不動産ソリューションズ株式会社は、2023年に国内最大規模の木造オフィスビルを建築しました。

積極的に木材を使用することで、建築時の二酸化炭素排出量約125tの削減、二酸化炭素約285tの固定化を実現させ、アップフロントカーボンの削減につなげています。

また、2021年度の国土交通省サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)にも採択されています。

参考:脱炭素時代に注目される木造建築|野村不動産ソリューションズ株式会社

建築物新築時CO2排出量予測システムの開発|大成建設株式会社

大成建設株式会社は、建築物の新築時に発生するCO₂排出量をBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)上で可視化できる「T-CARBON BIMシミュレーター」を開発しました。

ビルディング インフォメーション モデリング(BIM)とは、建物や土木構造物の設計、建設、運用に関わる情報を3Dモデルに統合・連携させることにより、業務効率化やコスト削減、品質向上を目指す取り組みを指します。

設計段階から排出量を予測することで、資材選定や構造計画に反映し、アップフロントカーボンの削減に寄与しています。

参考:BIMとは | BIM Design 建築向け | Autodesk
参考:BIMを用いた建築物新築時CO2排出量予測システム「T-CARBON BIMシミュレーター」を開発 | 大成建設株式会社

まとめ

森林資源は、炭素を固定しながら持続的に活用できる貴重な脱炭素素材です。
アップフロントカーボンの評価が進む今、木材の環境価値を的確に示し、環境に配慮した活動が求められています。

制度や規制が増えることは企業にとって負担が増える面もありますが、林業や木材産業にとっては新たなチャンスとも言えます。

建築関係者や行政とのパートナーシップを構築しながら、社会全体で脱炭素を推進する基盤づくりが必要です。

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